ちょうど1週間前(一夜明けたので8日前)の月曜日、起きると東京は雪が積もっていました。この日、ジャド・フェアとテニスコーツは杉並の大城真くんのスタジオで録音をすることになっていました。午後2時にスタートして終わったのが9時ごろ。2日目も同じ時間に集まり、翌日からツアーが控えていたので早めに切り上げ夕方まで。それから6缶パックのビールをふたつ買ってきて、初日に録った10曲、2日目の6曲、計16曲を聴きながら乾杯していました。
ジャドが用意した歌詞にテニスコーツが伴奏をつけたり、テニスコーツが用意した曲にジャドがギターやボーカルを合わせていきます。録音した曲の中には、両者が日曜日に渋谷のオ・ネストでやったライヴで披露した「隣組」という曲も入っていました。「ド・ド・ドリフの大爆笑……♪」とか、最近だとトリスのハイボールのCMの替え歌でも有名なあの歌です。テニスコーツのふたりが歌曲集を探していて、お目当ての曲の隣ページにあったのがこの曲だったとのこと。もともとは戦時中の隣組制度を宣伝するためにつくられたようですが、その明るい曲調から戦後も広く愛された曲のようです。ちなみにその「隣組」4番の歌詞はというと……。
有名な「とん・とん・とんからりっと・とっなりっぐみっ」という調子のいい一節をジャドとさやさんがユニゾンで歌うのですが、これが笑っちゃって何度も中断。というのも舌足らずなジャドが歌うと可愛すぎるのです。植野さんもとなりで腹抱えてるし、さやさんなんておかしくて歌えないからメロディカでごまかそうとしてさらにメロメロ。僕も吹き出さないように口をふさいで、危険な部分は耳を塞いで聞こえないようにしたり……。きっとおかしいのはその場だけだろうと思ってたけど、今でも聴くたびに大いに笑いがこみ上げます。録音中はピリピリした場面も幾つかあったけど、数分後にはケロッと笑い声が復活する。すごいなテニスコーツ……。そして隣では、笑われていることに気分を害したのか、もしくはそんなことハナから意に介していないのか、眉間にしわを寄せる生真面目なジャドがじっと座っています。
そして、僕ら5人──ジャド・フェアとテニスコーツ、僕と映像担当の波田野州平くん──はツアーに出たのでした。翌日の松本、翌々日の名古屋までは、経費節約のため高速バスを使用、名古屋から大阪へは近鉄特急で向かいます。回を追うごとに演奏もぐんぐん集中力のあるものになっていきました。硬い硬い握手のような握りこぶし。もはやテニスコーツの時間、ジャド・フェアの時間、両者の共演の時間の境目も溶け合って、まるで3人のための大きな水盤にそれぞれが浮かんだり沈んだりしているような幸せな時間です。「幾らかきむしるようなノイズ・ギターを弾いても、ドロドロした重たいものが感じられないのがすごいなぁ」とは、植野さんも大阪/京都でPAを担当した西川文章くんも話していたこと。そして「ジャドさんの音楽はとても品がいい」とも。また、さやさんは「ジャドのライヴはアメリカの音楽の歴史そのものみたい」みたいなことを言っていました。
意外に律儀で、毎晩の曲順もほぼ同じ、例えば曲中、言葉を捜しているようなジェスチャーをしたり、ひとしきりのギター・ソロ(?)の後、エンディングに漏れる「イエイ」みたいなほくそ笑みもお決まりのように曲の1ピースとしてあって、それを最初は「職人なんだな」みたいな風に感心したけど、いや、それも今はどうかなと思い始めています。まだまだジャド・フェアはわからない。でも、とにかく何かすごく好ましいものに突き動かされて彼が音楽をつくり続けていることは全身から伝わってくるのです。何かすごく好ましいもの。それはきっと、皆が見せないように日々隠している暗い部分に接続するものじゃなくて、皆が忘れてしまった無邪気で明るい部分につながっていくものではないかと僕は思っています。また、普段のジャド・フェアの控えめでシャイで可愛らしい面は、今回、テニスコーツのふたりが引っ張り出してくれたんじゃないかな、とも。
そして3月11日、大阪でサウンドチェック前、近くのホテルにチェックインして部屋で荷物を整理していたときでした。ぐらんぐらんと何かめまいがしたような気がして……。それ以来、笑っていても魚の骨がノドに刺さっているような時間が流れています。それはツアーが終わった今でも変わりません。大阪公演の日こそまだ皆断片的な情報しか受け取っていませんでしたが、ライブが終わって宿に帰り、朝までテレビを見て圧倒されて……。翌日、こんな日にライヴを開催できるのか、開催すべきなのか、いろいろと考えましたが、グッゲンハイム邸の森本アリくんと話してその日の神戸公演は予定通り開催することにしました。準備も整い、楽しみにしてくれているお客さんも少なからずいらっしゃる。こちらは開催できる状況にあるのだから、自分がやること/やれることをきちんとやればいいのではないかと。余り難しく考えないよう、粛々と。「今日はいい天気になったね、良かったね!」。神戸に向かう電車の中、ジャドさんは嬉しそうでした。
その日、さやさんは「上を向いて歩こう」を歌いました。「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら歩く 一人ぼっちの夜……♪」。そして、締めはカーペンターズの「遙かなる影 (They Long to Be) Close to You」のカバー。さやさんとジャドさんが1枚の歌詞を見ながら歌います。
ひとりでニュースを見ているより、どこかに出かけていつもどおり友達やだれかと過ごしたかった人は多かったのでしょう。この日、グッゲンハイム邸はたくさんのお客さんで一杯でした。わすれろ草も、テニスコーツも、ジャド・フェアも、本当によかった。そして、みなホッとした様子でした。
グッゲンハイム邸からの帰り際、ジャドがゑでぃさんと挨拶していて、その時にゑでぃさんがジャドに発したお別れの言葉が「エンジョイ・ユア・ライフ……」。さすがゑでぃさんだねとみんなで笑いあいながら帰途に着きましたが、「エンジョイ・ユア・ライフ」……。改めて考えると最高のお別れの言葉だったなと、多分みんなも思っていたのかもしれません。余談ですが、このツアー中にはもうひとつ合言葉があって、それは「助けてー」みたいな感じで「セキュリティーッ!」って叫ぶというもの。日本語にすると「警備員さーんっ!」って感じでしょうか。最初は、松本のチフミちゃん家でお寿司を食べさせていただいているとき、我先にがっつく植野さんをとめようとさやさんがペチンと頭をたたいた様子を見ていたジャドが言い始めたもの。以来、何かいさかいになりそうなときに決まって皆で遠くを向いて「セキュリティーっ!」と言い合って笑ったものでした。
日曜日、ジャドは伊丹空港→成田空港→ロスアンジェルス→オースティンというルートで帰国。僕も、どうせ見送りするならと、早めに伊丹空港→羽田空港の飛行機をとっていました。状況が状況なので、なるべく早めに空港に着いていたいとジャド。出発の4時間も前に着いて、しかし、手荷物検査もチェックインも呆れるほど順調に終了。それならと大好きなビールを飲み始めても、まだまだ時間はたっぷりあります。テレビのニュース映像を見ながら無言で首を振るジャドを眺めているうち、お別れの時間になりました。
腰をちょっと引いて、礼儀正しく深々とお辞儀、顔を愛らしく少し傾けて右手を差し出す。いつものジャドの握手もこれで最後か。そして、最後にくるっと目を回してジャド・フェアが発した言葉は「エンジョイ・ユア・ライフ、ノリオ」でした。
日曜日の東京は朝まで余震が続いていたようでしたが、僕が到着した夕方はいつもと変わらない風景でした。さすがに人通りは少ないものの、電車もバスも正常に動いている。相対的に旅行者らしき外国人の姿が目立っていたぐらいです。時間通りに帰宅すると、階下の住人からチャーハンや餃子、そばの差し入れをいただいたのと妻。ふたりで近所のKさん宅におすそ分けに行こうということになりました。まるで「隣組」の歌詞そのものでした。
今回の東日本大震災で犠牲になられた方には心よりお悔やみ申し上げます。そして、被災された方がひとりでも多く助かり、避難されている方が1日でも早く平常の生活に戻ることができるようになることを祈っています。東京もそうですが、各地で余震が続いています。また、福島の原子力発電所の事故等々、気がかりなニュースもたくさん入っています。皆さん、どうぞくれぐれもお気をつけてください。
スウィート・ドリームス・プレスとしても、まずは今回のジャド・フェア+テニスコーツのジャパン・ツアー2011の収益の一部を日本赤十字社に寄付させていただくことにしました。一緒に、テニスコーツから預かっている出演料の一部、1万円も寄付させていただきます。また、3月13日の出演者のひとつ、わすれろ草からも、当日の出演料の全額を寄付するという申し入れをいただいています。さらに、松井一平くん(TEASI、わすれろ草)とも、一緒に何かできないか昨日何度かやり取りをしました。
また、関西に残っているテニスコーツのふたりが急遽、以下のイベントに出演を決定しました。彼らは企画開催にもかかわっているようです。16日のイベントからの収益は仙台を拠点にするバンド、ユンボの義援金に。また、17日のイベントもチャリティ・イベントになる予定とのこと。関西地方にお住まいの皆様、ぜひ回りにお声掛け、ご参加、ご協力をお願いします。また、身近なところでは、高円寺の円盤がライヴ・チャージの一部と商品の売上の10%をしばらくの間寄付に充てることを告知されています(こちら。ぜひ店主田口史人さんの文章もお読みください)。7e.p.の斎藤くんからも、i-tunes上でのベネフィットとして、つきあいのある国内外の音楽家へ未発表曲等の提供の申し入れの連絡がありました。
ザ・ライブ
3月16日(水)
大阪・中崎町「common cafe」
大阪市北区中崎西1-1-6 吉村ビルB1F(地下鉄谷町線中崎町駅2・4番出口上がる徒歩1分)
TEL 06-6371-1800(当日のみ)
open 6:30pm start 7:00pm
カンパ制
出演:さや、植野隆司(テニスコーツ)、umamo+α、梅田哲也、カメイナホコ(ex.ウリチパン郡)、黒田誠二郎(細胞文学)、山路知恵子(yumbo)
info:音波舎 ompasha@auone.jp
いまいるところ
3月17日(木)
神戸・旧グッゲンハイム邸(JR/山陽塩屋駅徒歩5分)
神戸市垂水区塩屋町3丁目5-17
TEL : 078-220-3924
open 7:00pm start 7:30pm
¥1,000
出演:テニスコーツ(さや+植野隆司)、森本アリ、稲田誠、梅田哲也、ゑでゐ鼓雨磨、オオルタイチ+ウタモ、西川文章、森山ふとし、山本信記、米子匡司、ムーン♀ママ(ピカ)
そういえば、最後に空港でジャドに「帰国してテキサスに帰って明日は何をするの?」と訊くと、「いつもどおり敷地の芝刈りだね。1週間休んじゃったから」との答え。ジャドさんは野球場3個分の広い敷地に、馬2頭、犬3匹、そして奥さんと一緒に仲良く暮らしているのです。不安で圧倒されそうになるとき、真っ青に晴れた天気の下で芝刈りに精を出すジャドさんの姿を思い描くこと。それが少しでも勇気を持って前に進む一助になればと思っています。そして、スウィート・ドリームス・プレスはスウィート・ドリームス・プレスとして、自分がやること/やれることを、ひとつひとつ今日からまた開始します。みんなで何とか乗り越えていきましょう。